第9章 英雄と狂ったブラッジャー
観客席で立ち上がったまま、チユは息をのんで見つめていた。
湿った風がローブの裾を揺らしている。
「誰かがあのブラッジャーに細工したんだ――!」
ピッチから、フレッドの怒鳴り声が届いた。全力でブラッジャーを打ち返しながら、顔をしかめて何か叫んでいる。
やがて、マダム・フーチのホイッスルが鳴り、試合は一時中断された。
「中断だ……やっと……!」
チユは心臓をぎゅっと押さえるように手を握った。
手のひらは冷たいのに、指先だけがびしょ濡れみたいに汗ばんでいた。
ピッチの片隅に、選手たちが集まってなにやら話している。
フレッドとジョージが肩で息をしながら、なにか訴えているのが見えた。
ジョージの顔が、怒りと苛立ちでいつもより険しく見える。
(あんな顔……初めて見る……)
横から、ロンの声が聞こえた。
「完全にハリーだけを狙ってた……」
「誰かが……何かしたんだと思う」
チユがぽつりとつぶやくと、ロンもすぐにうなずいた。
「スリザリンのやつらだ。ぜってーアイツらが細工したんだ。あの新品の箒といい、あいつらズルするの得意だからな!」
「でも、試合前はマダム・フーチが鍵をかけて保管してたはずなのよ」
ハーマイオニーは眉をひそめて言った。
「じゃあ、誰かが合鍵で……」
チユが言いかけたそのとき、ピッチではさらに騒ぎが広がっていた。
「バカ言うな!」
フレッドが叫んだ声が届いた。どうやらハリーが何か無茶なことを言っているらしい。
2人の兄に囲まれて、ハリーが身振りで「自分に任せて」と訴えている。
「ちょっと、なに言ってるのハリー!? やめてよ!」
チユは思わず身を乗り出した。
「『ほっといてくれ』って顔してるな、あれ……」
ロンが呆れたように言った。「スニッチを追うために1人であのブラッジャーとやり合うつもりなんだ」
「無茶にもほどがあるわ!」
ハーマイオニーが憤る。
けれど、次の瞬間、マダム・フーチのホイッスルがまた響いた。
「うそ……再開……!?」
ピッチでは、ハリーがずぶ濡れになりながら、力強く地面を蹴って飛び上がるのが見えた。まるで、空に向かって喧嘩を売るような勢いで。
それを、あのブラッジャーが追いかけていく。
ビュウビュウという風を切る音が、チユの耳にも届いた気がした。