第9章 英雄と狂ったブラッジャー
生徒たちが一斉に教室を出ていく中、ハリーは後ろの席へと戻り、チユと待っていたロン、ハーマイオニーと合流した。
「用意は……いい?」ハリーがそっとつぶやいた。
「全員出るまで待って。まだよ……」
ハーマイオニーは神経質に目を走らせ、教室内を確認する。そして、ポケットから小さな紙片を取り出し、ギュッと握りしめた。
「今だわ」
彼女はロックハートの机へと一歩踏み出す。
「あのー、ロックハート先生?」
ハーマイオニーが、おずおずと手を上げた。声がかすかに震えている。
「実は……図書館の本を、一冊だけ、参考に読みたいんです。ちょっとだけ……」
彼女は紙切れを差し出した。指先が微かに震えているのを、ハリーとロンは見逃さなかった。
「問題は……それが“禁書棚”にあって……誰か先生のサインが必要なんです。でも、これは本当に授業の参考になって……その……先生の『グールお化けとのクールな散策』に出てくる“ゆっくり効く毒薬”の章をもっと深く理解するのに、すごく役に立つと思ったんです!」
その熱弁に、ロックハートの目が輝いた。
「ああ、『グールお化けとのクールな散策』ね!」
彼は紙を受け取りながら、ハーマイオニーに完璧な営業スマイルを向けた。
「私の著書の中でも、最も詩的でスリリングな一冊と評されている。お気に入りのシーンはどこだったかな?」
「えっと……最後に先生がグールを茶こしで引っかけるくだり……すごく斬新でした!」
ハーマイオニーの声に、まるで本当に感動しているかのような熱がこもっていた。
(ハリーとロンは後ろで「そこなのか……」と顔を見合わせていた)
「うんうん、そうだとも。君みたいな優秀な生徒には、ちょっとくらい特別待遇しても、誰も文句は言わないはずだ」
ロックハートはそう言って、鞄からとてつもなく大きい孔雀の羽根ペンを取り出した。
「どうだい?素敵だろう? これはサイン専用なんだけどね」
ロンが思わず顔をしかめると、それを“感動の表情”と勘違いしたのか、ロックハートは満足げに頷いた。
「じゃあ……君のために」
とてつもなく大きくて丸っこいサインを、紙いっぱいにすらすらと書くと、満足そうにそれをハーマイオニーに返した。