第8章 血文字の警告
「わたし、たしかに死んでるけど、感情はちゃんとあるの!人を傷つける言葉には反応するの!」
「マートル、だれもあなたを傷つけようなんて思ってないわ。ハリーはただ――」
ハーマイオニーがやわらかく言葉を重ねようとした。
「“思ってない”ですって? ご冗談でしょう?」
マートルはわっと叫んだ。
「わたしの生きていたころの人生は、この学校で散々だった!で、今度はみんなが、死んでからの人生まで台無しにしようとしてやってくるのよ!」
(ああ……これは本格的にスイッチ入っちゃったかも……)
チユは静かにまた一歩下がり、視線だけで「これは止まらないやつだ」とロンに合図を送った。
「マートル、あなたが最近、何か変なものを見なかったかって、それを聞きたいの」
ハーマイオニーが必死で本題に引き戻す。
「このトイレの前で、ハロウィーンの夜に、猫が襲われたの。あのとき、誰か見なかった?」
「そんなこと気にしてられなかったわよ!」
マートルは興奮気味に言い返した。
「ピーブズがあまりに酷かったから、わたし、このトイレに飛び込んできて――もう一度死んでやろうかと思ったのよ!」
その一言に、チユの目が一瞬まんまるくなる。
「で……でも、そのとき、思い出しちゃったの。わたしって……」
「もう死んでた」
ロンが、空気を読むというより半ば諦めたような声で補足した。
次の瞬間、マートルはキーッと怒りのようなすすり泣き声を上げて、ふわっと宙に浮き上がり――
「きゃっ!」
チユが思わず身をすくめたその瞬間、マートルはトイレの個室へ突っ込み、便器の中に頭からダイブした。
ぼんっ――という音とともに水しぶきが4人に降りかかる。
「うわっ、冷たっ!」
ロンが顔をしかめ、チユは慌ててローブの袖で顔をぬぐった。
便器の中から、ぐるぐると排水口を巡るすすり泣きの声だけが響いてくる。
「……あれでも、今日はまだ機嫌がいいほうなのよ」
ハーマイオニーがやれやれといった様子でつぶやく。
「悪い、の間違いじゃなくて……?」
チユがそっと呟いたが、返事はなかった。
「もう出ましょう…」
これ以上、マートルから話を聞き出すのは難しいと判断したハーマイオニーが言った。