第8章 血文字の警告
中は――大きな鏡はひび割れて曇っていて、その前にずらっと並ぶ石造りの洗面台は、縁がところどころ欠けていた。
床にはうっすらと水が染み出し、トイレの小部屋の木の扉は、ペンキがはがれたうえに、どれもこれも傷だらけ。中には蝶番がはずれてぶら下がってる扉まである。
「……うう。またトロールでも侵入したのかな?」
チユがぽつりと漏らした。
ハーマイオニーは「シーッ」と唇に指を当て、トイレ奥の一番端のブースの前まで進んでいく。
「こんにちは、マートル。お元気?」
その声は、やけに優しい響きだった。
ハリーとロン、そしてチユも、恐る恐るそのブースをのぞき込む。
マートルがタンクの上でなにやら一心不乱に、にきびをつぶしていた。
マートルはふいに顔を上げ、こちらをじろりと見た。
「ここ、女子トイレなんですけど?」
疑わしそうな目でロンとハリーを見つめる。
「え、あ……その……」
ロンがしどろもどろになった。
「この人たち、女じゃないわ」
「まあ……見てのとおりで」
チユが苦笑しながら言う。
マートルはため息をついて、タンクの上でくるっと背中を向けた。
「どうせみんな私を笑いに来たんでしょう。ああ、また来た、また馬鹿にされる……どうせ私なんて誰にも――」
チユはそっと、ハリーたちの背後に一歩引いて、マートルの“嘆きモード”の余波から距離を取った。
「違うのよ、この人たちに、ちょっと見せたかったの」
ハーマイオニーが、古びた鏡や水浸しの床を、どことなくぼんやりと指しながら言った。
「つまり――ここが“素敵なとこ”だって、ね」
チユは思わず眉をひそめた。
どこからどう見ても陰気で不気味な女子トイレだった。
しかも、その主は今、浮かんでいる――。
「何か見なかったかって、聞いてみて」
ハリーがハーマイオニーにこっそり耳打ちした。
けれど、マートルはすでに、こちらをじっと睨んでいた。
「何をコソコソしてるの?」
声はとげとげしく、目元にはすでに涙の気配。
「あ、いや……なんでもないよ」
ハリーが慌てて答えた。「ちょっと聞きたいことが――」
「みんな、わたしの陰口を言うのはやめてほしいのよ!」
マートルの声は、たちまち涙まじりになり、その場の空気が一気に重たくなる。