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ハリー・ポッターと笑わないお姫様【2】

第8章 血文字の警告



中は――大きな鏡はひび割れて曇っていて、その前にずらっと並ぶ石造りの洗面台は、縁がところどころ欠けていた。
床にはうっすらと水が染み出し、トイレの小部屋の木の扉は、ペンキがはがれたうえに、どれもこれも傷だらけ。中には蝶番がはずれてぶら下がってる扉まである。


「……うう。またトロールでも侵入したのかな?」
チユがぽつりと漏らした。


ハーマイオニーは「シーッ」と唇に指を当て、トイレ奥の一番端のブースの前まで進んでいく。


「こんにちは、マートル。お元気?」
その声は、やけに優しい響きだった。


ハリーとロン、そしてチユも、恐る恐るそのブースをのぞき込む。


マートルがタンクの上でなにやら一心不乱に、にきびをつぶしていた。



マートルはふいに顔を上げ、こちらをじろりと見た。
「ここ、女子トイレなんですけど?」
疑わしそうな目でロンとハリーを見つめる。


「え、あ……その……」
ロンがしどろもどろになった。


「この人たち、女じゃないわ」


「まあ……見てのとおりで」
チユが苦笑しながら言う。


マートルはため息をついて、タンクの上でくるっと背中を向けた。


「どうせみんな私を笑いに来たんでしょう。ああ、また来た、また馬鹿にされる……どうせ私なんて誰にも――」


チユはそっと、ハリーたちの背後に一歩引いて、マートルの“嘆きモード”の余波から距離を取った。


「違うのよ、この人たちに、ちょっと見せたかったの」
ハーマイオニーが、古びた鏡や水浸しの床を、どことなくぼんやりと指しながら言った。
「つまり――ここが“素敵なとこ”だって、ね」


チユは思わず眉をひそめた。


どこからどう見ても陰気で不気味な女子トイレだった。
しかも、その主は今、浮かんでいる――。


「何か見なかったかって、聞いてみて」
ハリーがハーマイオニーにこっそり耳打ちした。


けれど、マートルはすでに、こちらをじっと睨んでいた。


「何をコソコソしてるの?」
声はとげとげしく、目元にはすでに涙の気配。


「あ、いや……なんでもないよ」
ハリーが慌てて答えた。「ちょっと聞きたいことが――」


「みんな、わたしの陰口を言うのはやめてほしいのよ!」


マートルの声は、たちまち涙まじりになり、その場の空気が一気に重たくなる。
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