第8章 血文字の警告
「フィルチが、まだ見張ってるかも」
ロンが声を潜めて言った。
「戻ろう……」
チユが言うと、ロンもすぐにうなずいた。
「うん。あいつに見つかったら、また“足音が怪しかった”とか言って罰則だぞ」
「私、もう少し見てから行くわ」
ハーマイオニーが立ち止まったまま、メモ帳を取り出して壁の文字をじっと見つめている。
「……もう完全に謎解きモードだ」
チユが呆れたように笑うと、ロンも肩をすくめた。
「ちょっと調べよう」
ハリーはそう言うと、鞄をその辺に放り出し、四つん這いになって床を這い始めた。
いつもよりも熱心で、ちょっと危なっかしい。
「焼け焦げだ! あっちにも、こっちにも――」
指先で床をなぞりながら、ハリーは興奮気味に声を上げた。
「来てみて! 変だわ……」
ハーマイオニーが低い声で呼びかけた。チユはハリーと顔を見合わせ、小走りでそちらに向かう。
壁の文字のすぐ脇にある古びた窓。
その一番上のガラス板を、ハーマイオニーが指さしていた。
そこには、小さな割れ目からクモが――
しかも、ぞろぞろと、まるで合図でもあったかのように、20匹以上のクモがガザガザと音を立てて、糸を登って逃げ出していっていた。
「……クモがあんなふうに行動するの、見たことある?」
ハーマイオニーが、眉をひそめてつぶやいた。
「ううん」
チユとハリーが揃って答える。
「ロン、君は?――ロン?」
ハリーが振り返ると、ロンは廊下の真ん中でぴたっと固まっていた。
どこか顔色が悪く、見ていて気の毒になるくらい、引きつった笑みを浮かべている。
「……ロン?」
「ぼ、僕……クモが好きじゃない」
ようやく絞り出した声は、今にも泣き出しそうだった。
「えっ、知らなかった」
ハーマイオニーが振り返り、少し驚いたように目を丸くした。
「だって、魔法薬でクモの足とか平気で扱ってたじゃない?」
「それは……死んでるからだよ! 死んでるのはいいの!」
ロンは、窓の方に視線を送らないように細心の注意を払いながら、力説する。