第2章 秘密の夏休み
夏の終わりは、風の匂いが少しずつ変わっていくことで気づく。
チユはその日、リーマスと並んで庭に出ていた。
背の高いラベンダーの花が風に揺れて、陽の光が銀色の花粉をきらりと反射する。
小さなスコップを手に、チユは土の中から顔を覗かせたにんじんを優しく掘り起こした。
「ちょっと曲がってるね、でもかわいい」
「にんじんにも個性っていうのがあるんだよ。まっすぐじゃないからって、悪いわけじゃないさ」
隣でリーマスが笑う。
その言葉が、まるで自分に向けられているような気がして、チユもつられて微笑んだ。
小さなバスケットに収穫を積んでいくうちに、いつしか無言になった。でも、それは心地よい沈黙だった。言葉がなくても、安心できる時間。
夜、リーマスは暖炉の前で古びた蓄音機に針を落とした。少しだけひびの入った音楽が、部屋に満ちる。
チユはその横で、毛布に包まりながら本の挿絵を眺めていた。
「今日は、星がきれいに見えるよ」とリーマスが言った。
「ほんと?」
チユが顔を上げると、彼は優しく頷いた。
「一緒に見に行こうか。あの丘の上まで」
小さなランタンを持って、2人は夜の庭を抜けていく。草の匂いと虫の声、そして遠くに見える魔法界の灯り。
丘の上に立つと、夜空がぱっと開けていた。
「……あ」
チユが息を呑む。
空には、流れ星がひとすじ、すうっと走っていった。
「願いごとは間に合ったかい?」
リーマスの問いに、チユは小さく頷いた。
「うん……間に合った。ちゃんとお願いできた」
願ったのは――ずっとリーマスと一緒にいられますように、ということ。
「なんて?」
「……内緒」
そう言って、チユは目を細めて笑った。
リーマスもまた、それ以上は何も聞かず、星空を仰いだ。
静かな夜。
けれど確かに、やさしい時間だった。