第8章 血文字の警告
チユは、ほんのすこしだけ首を縦に振った。
「平気だよ。でも、今日は……変な夜だった」
言葉を絞るようにしてそう言うと、ゼロの隣のソファに腰を下ろした。
「“秘密の部屋”って……本当にあったんだね」
ぽつりとゼロが言った。
チユは彼の横顔を見つめた。
「ねえ、ゼロは部屋の存在を知ってた?」
「うん、噂くらいだけど」
チユは難しい顔をして、ちょっと首をかしげた。
「でもさ、部屋が開いたら誰か困るの?ただの、古い部屋なんでしょ?」
その無邪気な問いに、ゼロは少しだけ目を細めて、チユの顔を見た。
「僕も詳しくはないけど……」
ゼロは静かに口を開いた。
「秘密の部屋は、ホグワーツを創った4人のうちの1人――サラザール・スリザリンが作ったって言われてる。彼の“真の後継者”だけが開ける場所らしい」
「じゃあ……開いたってことは、その後継者が現れたってこと?」
チユの声がわずかに震えていた。
「あの文字が本物だとしたら、そういう事になるかもしれないね」
ゼロはそう答えると、ただ暖炉の火を見つめた。
ぱち、ぱちと薪がはぜる音だけが、部屋に響いた。
やがて、彼は静かに息を吐く。
「君が、あそこにいたのを見たとき――なんか、嫌な予感がしたんだ。変な言い方だけど」
「どうして?」
「うーん……君、よく、そういう真ん中にいるじゃない。何かが起きる場所に」
「騒ぎに巻き込まれるの、得意みたい」
チユが苦笑すると、ゼロも小さく笑った。
「君が何に巻き込まれたとしても、僕は――君の味方でいるよ」
チユは、ふっと息を吐いた。
暖炉の明かりが彼女の頬をほんのり照らしている。
「……ありがとう、ゼロ」
その夜――
チユは少しだけ、悪い夢を見ずに眠れた。