第8章 血文字の警告
「で、スクイブって……なんなの?」
ハリーの問いに、ロンは待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「スクイブってのは、魔法使いの家に生まれたのに、魔法が使えない人のこと。まぁ、滅多にいないけど……」
そして、にやりと笑った。
「フィルチがスクイブだったとはね……魔法が使えないから、いつも廊下掃除して怒鳴ってばっか。あれ、きっと嫉妬だよ。魔法使いの生徒たちへの、ね」
「だからって、あんなふうにハリーを責めるのは違うよ…」
チユの言葉は小さな声だったが、誰より強くてまっすぐだった。
誰も、何も言わなかった。
そのとき、校舎のどこかで、古い時計が鐘を打った。
チユたちはハッとして顔を見合わせる。
「……午前0時だ」ハリーが言った。
ロンが立ち上がって、ゆるい声で笑った。
「ベッドに戻らなきゃ。スネイプが“夜の徘徊の罪”でまた怒鳴り込んでくる前に」
「冗談じゃないわ……今度こそホグワーツから追い出されるかも」
ハーマイオニーが口をすぼめながら立ち上がり、チユも後ろに続いた。
「秘密の部屋」が開いた夜。
あの声が、ハリーにだけ届いた理由。
全部を知るには――まだ時間がかかりそうだった。
寮塔の階段をそっと上り、グリフィンドール談話室に戻ったときには、もうほとんどの生徒がベッドに引き上げていた。
暖炉の火も小さくなっていて、赤い絨毯の上に、ちらほらと読みかけの本と毛布が放り出されていた。
「おやすみ……」
チユが小さく呟くと、ハーマイオニーが振り返って軽くうなずき、ロンはあくびを噛み殺して階段を上っていった。
チユは1人、談話室の真ん中に立ち止まった。
あたたかいはずの空間が、今夜だけはどこか心細く感じる。
まだ頭の中で、石のように固まった猫の姿と、壁に浮かび上がった赤黒い文字が消えない。
そのとき――
「……大丈夫だった?」
声がした。暖炉のそばの一角、古い肘掛け椅子に背を沈めて、ゼロが本を閉じたところだった。
チユは驚いたようにまばたきした。
「まだ起きてたの?」
「……ちょっと眠れなくて。君がその……心配でさ」
ゼロの声は、火のはぜる音にかき消されそうなほど静かだった。
けれど、その目はまっすぐにチユを見ていた。