第8章 血文字の警告
ロックハートの甲高い声が、静まり返った部屋に割って入った。
「呪いにちがいありません!たぶん“異形変身拷問”の呪いでしょう。何度も見たことがありますよ。いや〜、私がその場に居合わせていたらぴったりの反対呪文を――」
「どうせ唱えられないくせに……」
チユは、小さくつぶやいたが、ロックハートには届いていないようだった。
彼はうっとりと自分の話に酔いしれていた。
部屋の隅、椅子に座ったフィルチは、肩を震わせてしゃくりあげていた。
まるで魂ごとしぼり出すような泣き声だった。
チユは胸の奥がチクリと痛んだ。
これまで何度となく怒鳴られ、小言を言われてきたけれど、チユは初めて、彼に同情した。
ダンブルドアはミセス・ノリスのそばに立ち、何か不思議な呪文をブツブツとつぶやくと、杖でそっと猫の額に触れた。
けれど、何も起きなかった。
ミセス・ノリスは、やはり板のように硬直したままだった。
「ふむ……これは、非常に似ていますね。そうそう、あれはウグドゥグで起きた一連の事件です――」
ロックハートがまた得意げに話し始める。
「私の自伝にも書いてあります。町中の人々に魔よけを授け、たった一晩で事件は収束したんですよ!」
壁に掛かった何枚ものロックハートの写真が、本人の話に合わせて一斉にうなずいていた。
(……うそばっかり)
チユは思ったが、声には出さなかった。
出す必要もなかった。ロックハートの言葉に誰も反応していなかったから。
ダンブルドアが静かに体を起こし、低く穏やかな声で言った。
「アーガス、猫は――死んでおらんよ」
その言葉に、ロックハートが慌てて口をつぐんだ。
「し、死んでない?」
フィルチの声が震える。
顔を覆ったまま、彼は指の間からミセス・ノリスをのぞき見た。
「じゃあ……じゃあ、なんでこんなに……こんなに硬くて冷たいんだ?」
「石になっただけじゃ」
ダンブルドアの言葉に、ロックハートがすかさず口をはさむ。
「まったくその通りだと思っておりました!」
「だが……なぜそうなったのか、まだ分からん」
ダンブルドアがそう言いかけた時――
「だったら、あいつに聞いてくれ!」
フィルチが突然、鋭い声で叫んだ。
彼の指が震えながら、ハリーを――そしてチユたちを指していた。