第9章 たべられたひ
息ができなかった。
狭くて、ぬるぬるしていて、身体の輪郭がどこまで自分のものかも曖昧になる。
柔らかく蠢く内壁に、包まれている。
ぴったりと貼りつくような感触と、しっとりした熱。
息を吸えば吸うほど、ぬめった空気が肺の奥へ沈んでいくようだった。
胸が、きゅうっと痛くなった。
助けを求める声は、口から漏れる前に、溶けて消えた。
音が、ほとんど聞こえなかった。
聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。
どくん、どくんと、はっきりとした鼓動が、身体の内側から響いていた。
もう、ダメかもしれない――
そんな言葉が、ふわふわと頭の奥に浮かんだとき。
突如として、世界が裂けた。
強い衝撃とともに、体が外へ引きずり出される。
ひんやりとした空気が、皮膚に触れた。
目の前に広がったのは、明るい天井。
その下に、黒く長い影が揺れていた。
ルーサーだった。
彼の手が、私の身体をそっと支えていた。
刃物のような匂い。
そして、何かを裂いた直後の、鉄と血のにおい。
私は何も言えなかった。
口を開く前に、足元が崩れるようにふらついた。
そのまま、誰かの腕の中へと倒れ込む。
温かくて、硬くて、力強い腕だった。