第9章 たべられたひ
「……ニェン、をバスルームへ連れて行ってあげなさい」
低く静かな声が、後ろから響いた。
その声に、私を抱きとめていた腕がすっと動き出す。
気づけば、私はニェンの胸元にいた。
彼の腕はしっかりしていて、でも強くはなかった。
抱きしめるのではなく、運ぶための、必要最低限の力加減だった。
私の足は、まだ床を踏む感覚を取り戻していない。
ぼんやりとした視界の中、ルーサーが誰かに言葉を投げていた。
「ランダルは着替えを用意してあげて。
セバスチャン、ニョン、ここをきれいにするのを手伝ってくれるかしら?」
ナナの姿は、もう見えなかった。
床には赤黒く染まった痕と、裂けた何かの繊維が残っているだけ。
その横を、ニェンは視線を逸らすように通り過ぎた。
私は何も言わなかった。
喉の奥がまだぬるぬるしていて、言葉に変える気力もなかった。
ただ、揺れる感覚に身を預けていた。
ニェンの胸板に、鼓動のようなものを感じた。
それが彼のものか、私のものか、わからなかった。
重たい扉が開き、バスルームの涼しい空気が流れ込んでくる。