第8章 いないひと
【セバスチャンの場合】
セバスチャンは、窓辺に座っていた。
外は曇り空。
明るくもなく、暗くもなく、ただ淡い光がぼんやりと差している。
頬杖をついて、外を見ているようで、何も見ていなかった。
どこかでティッシュの舞う音がして、
別の場所からは、人形がつぶやくような独り言が聞こえた。
――ああ、今日も、うるさいな。
目を細めて、セバスチャンは軽くため息をつく。
でも、ほんとうは知っている。
みんな、今日は少し、変だ。
ニョンは広間から動かず、
ニェンは意味もなく裏で煙草を吸っていたし、
ランダルに至っては、朝から何もしていないに等しい。
それはつまり――
が、いないからだ。
屋敷のどこかにいるのはわかってる。
でも、食堂にもリビングにも現れなかった。
すぐそばにいる気配がない、それだけで、この家はずいぶん静かになる。
セバスチャンは、手元のマグカップを持ち上げた。
すっかりぬるくなった紅茶が、少しだけ口の中を甘くする。
「……ほんと、バカばっか」
つぶやいた言葉は、誰にも聞かれない。
でも、紅茶を飲み干したその手は、
気づかないうちに、いつもの“席”をちらりと見ていた。
そこには、誰も座っていなかった。
それだけのことなのに、少しだけ空気が薄く感じられた。