第8章 いないひと
【ランダルの場合】
ランダルの部屋は、いつもより静かだった。
棺桶のふたは開けたまま。
床には昨晩脱ぎ捨てた上着が落ちていて、散らかったままの人形たちが、隅でこちらを見ている。
部屋の真ん中で、ランダルは膝を抱えていた。
ぴくぴくと指先を動かしながら、隣に置いた人形に話しかける。
「ねぇ、どう思う?ボク、なにかしたっけ?」
返事はない。
もちろん最初から、そんなものは期待していない。
「ってば、朝からこっち来てくれないし……」
声のトーンが、ほんのすこし沈む。
がいないことは、ランダルにとって珍しいことだった。
いつもなら、棺から出れば、どこかの廊下ですれ違って。
声はなくても、目が合う。
そういう“ふつう”が、今日はなかった。
「……さみしいなあ。……ふつうじゃないなあ」
そう言って、部屋の隅に転がっていたクッションを引き寄せ、
ぎゅっと抱きしめる。
「ボク、なにか変なこと言ったかな?昨日……ちゃんと抱きしめたのに」
ぽつり、ぽつりと漏らす言葉は、まるで自分を慰めるようだった。
けれど次の瞬間、顔を上げて、にっこりと笑う。
「でも、だいじょうぶ。はちゃんと戻ってくるもんね。ボクのとこに」
それは確信というより、願いに近かった。
それでも、ランダルはその笑顔のまま、
人形の髪をなで、棺の中へと潜り込んだ。
閉じられた部屋の中で、彼だけが今日も“昨日のまま”を続けていた。