第8章 いないひと
【ルーサーの場合】
ルーサーは書斎にいた。
窓は閉じられ、カーテンも半分引かれている。
光は落ち着いていて、机の上にはきちんと並んだ数冊の資料。
ルーサーはそのひとつに目を落としながら、万年筆を動かしていた。
ペン先が紙の上を走る音だけが、静かに部屋に響いている。
――視線は書類に向けられている。
けれど、その背後では、キャットマンたちの気配をちゃんと感じていた。
ニェンは裏手で煙草を吸い終えたようだ。
ニョンは相変わらず広間で、あの無意味なティッシュ遊びをしている。
そして――
は、今もあの部屋にいる。
姿を現していないのは、ただの偶然か、気まぐれか。
あるいは、誰かの視線から離れていたかっただけかもしれない。
どれであっても構わない。
どこにいようと、が無事であることは、ルーサーの目には届いていた。
そして、それで十分だった。
過剰な干渉は、時に信頼を崩す。
けれど、何も見ていないふりは、もっと悪い。
だから、ルーサーは何も言わずに、ただ“見ていた”。
誰が、にどんな感情を抱いているのか。
誰が、次にどこでぶつかるのか。
それを整理するために、今こうして手を動かしているのだ。
紙の上には、淡々とした線が描かれていく。
まるで誰かの輪郭をなぞるように。
ルーサーのペン先は、一瞬止まり、また動き出した。