第8章 いないひと
【ニョンの場合】
屋敷の一角。
光の差し込まない広間の真ん中で、ニョンは静かに座り込んでいた。
足元には、引き出されたティッシュの箱。
ふわふわとした白い紙が、周囲にいくつも舞っていた。
引き出しては放り、引き出しては落とす。
爪を使うでもなく、強く引くでもなく。
ただ、やさしく摘まんで、ふっと放つだけ。
ティッシュはふわりと宙を漂い、床へ落ちるまでのあいだ、
わずかな空気の流れに乗って、思い思いにくるくると舞った。
ニョンは、それを見ていた。
追いかけるでもなく、触れ直すでもなく、
ただ、舞っていく紙の行方を目で追っていた。
まるで、なにかを埋めるかのように。
昨日のことが、頭から離れなかった。
あの軽さ。
腕の中に飛び込んできたのぬくもり。
あたたかくて、ふわふわしていて、
今でも、抱いていた腕に感触が残っている気がした。
が自分のほうへ来たのは、きっと間違いだったのだろう。
でも、それでも――うれしかった。
足元の紙片が、ふわりとまた一枚、宙へ浮かぶ。
風は吹いていないのに。
けれど、舞うものを見ていると、なぜか落ち着いた。
ニョンはしゃがんだまま、じっとそれを見つめていた。