第2章 まどろみのなかで
——そもそも、私がなぜ「ニョンを見ていた」なんて、彼に言われているのかというと。
あの日、たまたま一人でリビングにいた。
時間は夕方。
窓の外が茜色に染まり始めていて、誰の声も聞こえなかった。
私は静かな部屋の片隅で、ただぼんやりと座っていた。
すると、ニョンがふらりと現れた。
何か目的があるわけでもなさそうで、そのまま私の隣に腰を下ろした。
しばらく、沈黙が続いた。
でも、それは気まずさではなく、むしろ落ち着いた静けさだった。
やがて、ニョンが言った。
「逃げたいと思いますか?手伝いましょうか?」
その声は、どこまでも穏やかで。
命令でも誘導でもなく、ただ確認のようだった。
私は少しだけ考えてから、首を横に振った。
怖いことも、わからないこともたくさんあった。
けれど、逃げる理由は思いつかなかった。
ニョンはそれ以上なにも言わず、ただしっぽを軽く動かして、またしばらく黙っていた。
それだけの出来事だった。
けれど、それ以来——ニョンと私は少しだけ、互いに反応を交わすようになった。
すれ違えば、耳がぴくりと動いたり、
視線が合うと、ほんのわずかに目元がゆるんだり。
それだけで十分だった。
静かで、なにかを押しつけてこない空気に、私はすこしだけ、救われていたのかもしれない。