第5章 おいしゃさんごっこ
私は放り込まれるようにして、バスルームへ落ち着いた。
足が床につくより先に、後ろで扉がばたんと閉まる。
乾いた金属音と共に、低い声がひとこと響いた。
「……あとは自分でできるな」
ニェンの声だった。
ぶっきらぼうで、こちらを振り返ることもなく、気配はすぐに遠ざかっていった。
直後、もう一つの足音が近づいてくる。
「タオル、用意しておくからな」
セバスチャンの声。
それだけを残して、彼もまた背を向けて去っていく。
私は返事をすることもできず、ただその場に立ち尽くした。
静かだった。
誰もいない、密閉されたバスルームの空気。
湿気と湯気の混ざる匂いだけが、身体にまとわりつく。
足元のタイルはほんのりと温かく、裸足で踏むたびに体温のない私の肌がじんわりと反応する。
浴槽のほうを振り返ると、いつの間にか張られた湯が静かにゆれていた。
ぼんやりと縁に近づく。
湯気がふわりと鼻先をかすめて、冷えていた手が熱に触れた瞬間、ぴくりと跳ねる。
お湯は透き通っていて、濁りも泡もない。
清潔で、静かで、誰の手が加えたのかも分からないまま、そこに「在る」。
私は、しゃがみ込むようにしてその湯の中を覗きこんだ。
そこに映るのは、薄く濁った照明の下、髪の毛が濡れてはりついた自分の顔――
そして、赤黒く染まった服だけだった。