第5章 おいしゃさんごっこ
ずぶずぶと、手の中で何かが動いている。
私の意志ではないところで、感触だけが濃密に残っていく。
鼻をかすめるのは血と何かの混じったにおい。
それを押し出すように、すぐ近くで荒い息づかいが聞こえた。
「……っ、はぁ、はっ、ふふっ……」
耳元で、ランダルが笑っている。
熱を帯びた息が、皮膚の感覚を撫でていく。
顔を見なくても、彼がいまどんな顔をしているのか、想像がついてしまう。
頬が紅潮している。
目の奥が光っている。
喉がうずいている。
全身で、この状況を喜んでいた。
反対に、セバスチャンは完全に静止していた。
壁にもたれたまま、顔がほんの少しだけ強ばっている。
彼の口元からは色が失せ、手の甲には無意識に力が入っていた。
声も出せない。目も逸らせない。
そういう種類の恐怖が、そこにあった。
私は――圧倒されていた。
思考は止まり、ただこの空間と体の感覚だけが、時間を押し出していく。
あたたかく、ぐにゃぐにゃとしたものを握るたび、現実味は薄れていった。
そんな中、ランダルがゆっくりと顔を寄せてきた。
私の手を握ったまま、微笑んでいた。
「ねぇ、」
声が低く、甘く、じっとりとしていた。
普段の“返事を期待していない”ふわふわした言葉ではなかった。
はっきりと、意志を持ったトーンだった。
「たのしいね……?」
頬はほんのり赤く、目元はとろけているのに、
その奥にあるものは――もっと深くて重たい何かだった。
逃げられない。
答えなければならない。
そんな圧が、皮膚の内側まで染み込んでくる。
呼吸すらままならないまま、私は、喉の奥をわずかに鳴らした。