第5章 おいしゃさんごっこ
手の中で、メスがじんわりと熱を持ちはじめていた。
それが金属のせいなのか、手汗のせいなのか、自分でももう判断できなかった。
刃先は、ほんの少しだけランダルの肌に触れている。
けれど、それ以上、動けなかった。
力が入らない。腕が重い。息が詰まって、目も乾いていく。
切る。
その動作を、どうしても体が拒んでいた。
「~……」
呼びかける声が、甘ったるく耳の奥で響く。
すぐ近くで、ランダルが台の上からこちらを見上げていた。
「ねぇ……やっていいって言ったのに、どうして迷うの?」
私が答えるより先に、ランダルが動いた。
すっと、白い手袋をした手が、私の手に重なる。
小さな手のひらが、私の手首を包むようにして、やさしく、けれど逃がさないように指を絡める。
「じゃあ……いっしょにやろっか」
その言葉と同時に、ランダルの手が動いた。
私の手を握ったまま、ゆっくりと、メスの先を自分の腹部に押し当てていく。
皮膚がほんのわずかに沈み――
次の瞬間、切っ先がやわらかな抵抗を破った。
じわり、と血がにじむ。
赤い線が、肌の上をゆっくりと走る。
それは、ぺりぺりと紙を剥がすような音すらしそうな、異様な静けさだった。
ランダルは、笑っていた。
「ね、できたね。……すごい、」
手は離れない。
私の指ごと、刃を握ったまま、彼の身体を裂いていく。
周囲の音が遠のいていた。
セバスチャンの気配も、台の軋みも、全部が後ろへ引いていく。
あるのは、血のにおいと、笑っているランダルの横顔だけだった。