第5章 おいしゃさんごっこ
空気の張りつめた沈黙を、最初に破ったのはやっぱりランダルだった。
「じゃあ、ボクが患者さんやる~!」
ぱっと両手を上げて宣言するその声は、いつもの調子に戻ったように軽やかだった。
白衣の裾をふわりと揺らしながら一歩前へ出て、スッと手術台の方を見やる。
「ね?それなら問題ないでしょ~。ボク、こういうの得意なんだよね~」
そう言うと、ランダルはわざとらしくお腹を押さえて、くねくねと体をよじらせてみせた。
「いたたた……おなかが痛いの~!これは絶対、おなかの中になにかいるやつだよ~!」
「きっと変なの飼っちゃったんだ~。せんせい、いますぐ切って出して~!セバスチャーン、助手して~!」
ぴょん、と勢いよく手術台に跳び乗ると、そのまま仰向けになって両手を広げた。
おどけた笑顔を浮かべながら、台の上で手足をきれいに揃える。
「さあ、はじめてくださいっ。……って言っても、はよくわかんないよね?」
そう言って、ランダルは少し上体を起こし、こちらを見ながら楽しそうに指を振った。
「じゃあね、教えてあげる。まずは、おなかにやさしく“さわって”くださーい。
どこが痛いのか、ちゃんと探してからじゃないと、ダメだからね~」
そして、一度だけ、まっすぐな声で言った。
「……二人にだけ、特別だよ?ボクのなか、見てもいいの」
その口調は変わらず明るいのに、言葉だけが妙にまっすぐで――
“ボクの中身を覗けるのは、きみたちだけ”。
そんな甘くも恐ろしい感情の重みが、ぺたりと張りついていた。
「それから、手術道具を持って~……んー、メスはね、あれ!銀色の細いやつ!
それで、おなかを“ぱかっ”て開くの。失敗しないように、ていねいにね~?」
わざと楽しそうに笑いながら話しているけれど、
その説明が、遊びと本気の境界線をどんどん曖昧にしていくのがわかった。
セバスチャンは壁にもたれたまま、無言でこちらを見ている。
止める気配はない。ただ、その表情だけが、わずかに強ばっていた。
私は無言のまま、道具の並んだトレイに目を落とす。
そこには、おままごとセットと見分けのつかない“何か”が、静かに並んでいた。