第1章 プロローグ
何も考えられなかった。
頭はじんわりと熱く、思考は霧の奥に沈んでいた。
地面の冷たさだけが確かで、ぬかるんだ泥が、じっとりと服を濡らしていた。
私は、木の根元に倒れていた。動かない体。弱い呼吸。目だけが、かすかに開いていた。
「ヒマすぎて死んじゃうよぉ……セバスチャン、あっち行ってみよ~」
草を踏む足音。枝がぱきりと折れる音。
軽やかな声とともに、近づいてくる気配がある。
「……ん? なにこれ……人? ……わ、ホントに人だ!」
ひょこんとしゃがみこんだ赤毛の少年――ランダル・アイヴォリー。
白手袋の手が目の前でひらひらと動き、顔がぐっと近づいてくる。
「キャットマンかと思ったけど……耳も尻尾もない。へえ、ただの人間なんだ」
私は反応できなかった。意識があるのかどうか、自分でもわからなかった。
けれど、目だけは彼を捉えていた。
「目ぇ動いてるー! ちゃんとこっち見てるし、生きてる~。えら~い」