第13章 ■短編 「ほっとみるく」
カップが静かにテーブルに置かれた。
白い湯気がふわりと立ち上り、甘い匂いが鼻先をくすぐる。
は両手でカップを包みこみ、そっと口をつけた。
温かくて、優しい甘さ。
それだけなのに、胸の奥までじんわりとあたたまっていく気がした。
「ゆっくり飲みなさい。焦ると火傷するよ」
向かいの席に座るルーサーは、真ん丸な瞳をまっすぐこちらへ向けたまま、
口元だけをほんのわずかに持ち上げる。
表情を崩さずに、やさしさだけを滲ませた。
は、ゆっくりとホットミルクを飲み進めた。
身体の芯がぽかぽかとあたたまっていく。
足の先まで血が通っていくような、じんわりとした心地よさ。
飲み終えた頃には、まぶたが重くなっていた。
手の中のカップが、少しだけ傾きかける。
ぼんやりと、こっくりと、身体ごと傾きそうになる。
その様子を見たルーサーが、静かに立ち上がった。
「さあ、戻ろうか」
差し出された手を取って立ち上がると、身体がふらついた。
すぐに、ルーサーの腕が肩を支えてくれた。
廊下はしんと静まり返っていたが、もう何もこわくなかった。
ルーサーの歩調に合わせて、は眠気に包まれながら足を進めた。
ランダルの部屋の扉が開き、黒い棺の中でランダルが静かに寝息を立てていた。
ルーサーはを抱き上げると、ランダルの隣へやさしく寝かせる。
毛布をかけ直し、二人の髪をそっと整える。
目元には触れない。ただ、整った輪郭を、確かめるように。
棺の中には、ぬくもりと静けさが満ちていた。
ルーサーは立ち上がり、ゆっくりと視線をめぐらせる。
そのままセバスチャンの棺にも目をやり、異常のないことを確かめる。
扉を閉める直前、振り返ったルーサーの瞳は、変わらずまんまるに開かれていた。
それでも、その声だけは、どこまでもやさしかった。
「──よく眠りなさい。私の愛する家族たち♡」
そして、扉は静かに閉じられた。