第13章 ■短編 「ほっとみるく」
火にかけられた鍋の中で、牛乳がゆっくりと温まっていく。
静かな泡が、鍋の縁に小さく浮かんでは消えた。
ルーサーはその様子を見つめながら、ふと問いかける。
「……。外の世界に戻りたいと思ったことはあるかい?」
は、少しだけ息をのんだ。
けれど、すぐに目を伏せて、首を横に振る。
「……最初のころは、なんとなく……。
どこかに帰らなきゃ、って思ってた。けど……」
言葉が止まる。
ルーサーは何も急かさず、鍋の中を静かにかき混ぜている。
「……最近は、そういうの、なくなってきた。
どこに帰るのか、思い出せないし、たぶん、行く場所もない。
……それに、ここにいるのが、いちばん自然に思えるの」
そこまで言ってから、は少しだけ照れたように笑った。
「みんな、やさしくしてくれるし……。
こわいって思ったこともあるけど、今は……なんか、安心できる」
ルーサーは静かにうなずいた。
その動きは、鍋の中の牛乳が白く回るのと同じくらい穏やかだった。
「うん、うん。素晴らしいよ」
「……え?」
「君は、本当に良い子だ。とっても、かわいいよ」
そして、ひと呼吸置いて──
「もちろん、私の次にだがね♡」
はその言葉の意味をよく理解できないまま、曖昧に微笑んだ。
ただ、褒められたことだけは、なんとなくうれしかった。