第13章 ■短編 「ほっとみるく」
「おやおや。夕飯が足りなかったのかい?」
背後からかけられた声に、の肩がびくりと跳ねた。
思わず冷蔵庫の扉に寄りかかるような姿勢になり、ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、ルーサーだった。
くすんだ色のシャツと濃い茶のスラックス。夜の中でも整ったその姿。
手には何も持っていないのに、どこか重みのある存在感をまとっていた。
「……びっくりした」
がそう言うと、ルーサーは目を細めて、少しだけ微笑んだ。
「こんな時間に冷蔵庫をのぞくなんて、
まるで、おやつを探している子どもみたいだね」
は少しだけうつむいて、手を引っ込めた。
「水が飲みたかっただけ。……それと、ちょっとだけ、なにか食べたくなって」
「ふむ……」
ルーサーは一歩前へ進み、の肩に静かに手を添えた。
「なら、ホットミルクにしておきなさい。あれはよく眠れるからね」
低く、優しい声。
有無を言わせぬ空気ではあったけれど、どこかやさしい指先だった。
は逆らうことなく、肩を導かれるままキッチンのテーブルの椅子へと腰かける。
ルーサーは一度だけこちらを振り返り、それから冷蔵庫の扉を開いた。
中から牛乳パックを取り出し、流れるような動きで鍋を準備し、火をつける。
カチッという点火音と、鍋に注がれる液体の音。
静かなキッチンに、小さな音だけが溶けていった。