第13章 ■短編 「ほっとみるく」
ぴく、と足が動いた。
シーツのなかで、は、ゆっくりと目を開ける。
暗い。けれど、完全な闇ではなかった。
棺のふちに沿ってわずかな光が漏れていて、天井の輪郭を淡く照らしている。
ランダルの体温が、すぐそばにある。
いつもより、ほんの少しあたたかい気がした。
けれど、どうしてか──眠れなかった。
理由は、よくわからない。
そっと身体を起こすと、隣のランダルがうっすらとまぶたを動かした。
目は開けず、かすれた声だけが、ふわりと漏れる。
「……どこ、いくの……?」
「うん、水をちょっと……飲んでくるね」
「……ふうん……」
「戻ってくるよ。すぐ」
「……ん……」
「……ランダルも飲む?持ってこようか?」
返ってきたのは、ほんのかすかな否定のうなずき。
彼のまつげが小さく震えて、もう夢の中へ沈みかけているのがわかる。
はそっと、棺のふちに手をかけた。
音を立てないように、ゆっくりと外へ身を滑らせる。
ひんやりとした夜の空気が、足元から、肌の上にのぼってきた。
誰もいない廊下。
けれど、壁にかけられた古い肖像画も、天井の陰に並ぶ人形たちも、
眠ってはいないような気がした。
何かがこちらを見ているような、そんなざわめき。
それでも、は足を止めない。
この家はこわくない。もう、ずっとここにいるから。
目指すのは、キッチン。
水を飲んで、眠れるなら、それでいいと思った。