第11章 おわり
ランダルの呼吸が、静かに深くなる。
の膝に頭を乗せたまま、
小さな身体が、まるで眠りに沈んでいくように落ち着いていた。
セバスチャンは、棺の影に立ったまま、その光景を見ていた。
の口元がわずかに動いている。
音にはなっていない。けれどその動きから、
何か優しい子守唄を口ずさんでいるのだと、察することはできた。
部屋は、異様なほど静かだった。
ドアは閉じられ、窓はない。
空気は古く、どこか病院のような消毒臭が混じっていた。
棚の一角には、いくつかのガラス瓶が並んでいる。
中身は見えにくいが、そのうちのひとつには、
液体に沈んだ何かの指のようなものが見えた。
──ホルマリン、と似たにおいがする。
天井からは、名前のない人形が何体も、紐で吊るされていた。
足の裏を合わせるように吊るされたその形は、静止しているはずなのに、
ときおり重力に抗うように、ふらりと揺れた。
はそれらの存在に気づいていないか、あるいは──
ただの飾りのように思っているのだろう。
彼女の目には、「整った部屋」に見えている。
ランダルの顔色は、ほんのりと汗ばんでいた。
唇の色が少し薄い。それでも、は気づかない。
セバスチャンは、ぬいぐるみの隣に転がったガラス瓶を見た。
半分開いて乾いた中身の跡には、わずかな粘りが残っている。
壁の向こう、誰かが歩いたような気配があった。
──重く、ゆっくりと、擦るような足音。
も気づいたようだった。
けれど彼女は、顔を伏せて言った。
「悪い人じゃないよ。きっと」
セバスチャンは何も言わなかった。
この均衡を壊すことが、なにをもたらすのか──彼は知っていた。
順応しなければ、生きていけない世界だった。
そう思ってしまった時点で、もう十分に“おかしくなっている”のだと、
自分でもわかっていた。
アイボリー家の連中は、最初からどこか壊れている。
はちがう……そう思いたい時期も、少しだけあった。
けれど今は──ただ静かに、彼女の横顔を見ている。
彼女はこの家に馴染みすぎた。
まるで、ずっと前からここにいたみたいに。
──おかしいのは、誰なんだろうな。