第10章 ゆめのせかい
「ねえ、ちゃん」
サトルは、少しだけ体をこちらへ向けて、机に腕をのせた。
その動きは自然で、でもどこか、はじまりの合図のようでもあった。
「……ここが、夢の中の世界だってこと、もう気づいてるよね?」
声は静かだった。
やわらかくて、でも、どこか遠くをなぞるような響きだった。
「ボクは……ダルの夢の中にいる友達。
この教室も、この椅子も、そこに座ってるダルも、ぜんぶ──夢の中のこと」
私はうなずくことも、首を振ることもできなかった。
ただ、その言葉がまっすぐに届くのを、黙って受け止めていた。
「外の世界で、ダルがどんな顔してるのか、ボクにはわからないけど……
たぶん、いろんなことがあるんだと思う。痛いこととか、苦しいこととか──」
サトルは少しだけ目を伏せて、
指で机の端をトントンと、軽く叩いた。
「だから、ボクはここにいる。
痛くなったとき、疲れたとき、もう何もしたくなくなったとき……
その全部を、ちょっとだけ、癒すための場所として」
言葉は、ぽつりぽつりと落ちてきた。
どれも淡々としていて、でも一つひとつに、あたたかい重みがあった。
「でもさ、本当は──」
サトルは、笑った。
それはさっきまでの笑顔とは少しちがって、なつかしいものを見つめるような、やさしい笑い方だった。
「……ずっと、ここにいてほしいって思ってるんだ。
目を覚まさないで、この夢の席にいてくれたらって。
毎日こんなふうに、他愛ないおしゃべりをして、笑ってくれてたら……それだけで、うれしいのに」
言い終わったあと、しばらく沈黙が落ちた。
その静けさの中に、サトルの言葉がしずかに沈んでいった。
「……でも、きっと、それはむずかしいんだよね」
そう言ったサトルの声には、
どこか自分自身に言い聞かせるような響きがあった。