第10章 ゆめのせかい
チャイムの音が止んでから、しばらく。
誰も、何も言わなかった。
最初に気づいたのは、ランダルだった。
──いや、正確には、ランダルの中から“なにか”が抜けていったことだった。
隣の席に、彼はちゃんと座っていた。
背筋を伸ばし、手は机の上に置かれたまま──姿勢だけは、きちんとしていた。
けれど、顔は伏せられていた。
目線は机でも、私でもなく、ただ、自分の足元へと向けられている。
表情は、まったくなかった。
口元に笑みはなく、瞳には光も浮かんでいない。
何かを考えているようにも、何かを見ているようにも、見えなかった。
両手の指は、だらんと伸びている。
まるで力が入っておらず、それでも崩れ落ちることなく、座っている。
そこにいるのに、
まるで、抜け殻のような静けさだった。
私は、声をかけなかった。
ただ、見つめるしかなかった。
──そして、気づけばセバスチャンの姿も消えていた。
椅子も、机も、何ひとつ乱れていないのに。
彼がそこにいたという気配だけが、空気の中に、かすかに残っているようだった。
取り残されたのは、サトルと、私だけだった。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに白く、やさしかった。
「……ちゃん」
サトルの声が、ひとつだけ響いた。
私は、ゆっくりとそちらを見る。
サトルは、変わらずに笑っていた。
けれど、その笑みは、さっきよりもすこし──すこしだけ、弱々しかった。
「もう少しだけ……おしゃべり、しよっか」
やさしく、誘うように。
でも、それが“お別れの準備”みたいに聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。