第10章 ゆめのせかい
「やあ」
その声は、どこまでも軽く、迷いがなかった。
黒い学ランを着た少年が、静かに立ち上がる。
光をまとうような歩幅で、こちらへ近づいてくる。
笑っていた。
笑顔はまっすぐで、よく晴れた空の色をしていた。
「わ、わっ……サトル、サトルっ」
ランダルが、すこし浮かれたように声を弾ませる。
まるで昔からの秘密を、ようやく誰かに話せた日のような、そんな表情で。
「セバスチャンのことは……もう知ってるよね?」
「うん。久しぶり、セバスチャン」
少年は軽く片手をあげる。
その動きに、何の重みもないのに、どこか奥に刺さるものがあった。
「……ああ」
セバスチャンは短く答える。
瞳の奥のどこかが、わずかに揺れていた。
私は、その空気の揺らぎを見ていた。
そして、彼らの間に流れる“なにか”を正しく掴めないまま、ただ感じていた。
そのとき──
「でね、でね」
ランダルの声が、近づいてきた。
私のほうへと体を向け、言葉を探している。
「こっちは……。ボクの、……その……」
くくっ、と小さな声が喉の奥で漏れた。
言葉の端がふるえて、照れをごまかすように、変な笑いがにじんでいた。
「プ……プリンセス、なんだ~」
言い終わったあと、ランダルはそっと目をそらす。
目尻が熱を持ったように赤らんでいて、袖の先でそわそわと指先を隠していた。
呼吸はほんの少し浅く、喉の奥で笑いが残ったまま止まらない。
靴の先がわずかに内向きに寄っていて、まるで足元に引き寄せられるようだった。
彼の頬にじわっと浮かんだ色が、
この夢の中で一番、真っ赤なもののように思えた。
「……へえ」
少年が、こちらを見た。
視線は柔らかかったけれど、その奥に、一瞬だけ沈黙の色が揺れた。
「きみが──」
その先の言葉は続かなかった。
けれど、続く必要もなかったのかもしれない。
すぐに、笑顔が戻る。
「僕は塚田サトル。……ダルの親友なんだ」
差し出された手のひらはまっすぐで、あたたかそうで、
なぜか、忘れられなくなりそうな気がした。