第2章 まどろみのなかで
ランダルはふわふわと歩きながら、セバスチャンの方へ向かうと、その影の上に、片足をそっと乗せた。
「……はい、踏んだ♡」
リズムをつけて、軽く足先を上下に揺らしながら、いたずらっぽく笑う。
「つかまえた、ってことでしょ?ね、ルールだもんねぇ」
セバスチャンは顔を上げた。目の奥に微かな苛立ちをにじませながら、無言でランダルを睨む。
「……本気でやんのかよ」
ランダルはくすくすと笑って首をかしげた。
「うん。やるよ。ぼくが決めたんだもん。このルール~」
セバスチャンの影を踏んだまま、足先で位置をずらす。まるで何かを押し込めるように、ゆっくり体重をかけている。
もちろん、踏まれているのは影だ。肉体には一切触れていない。
けれど、ランダルにとってはそれで十分だった。支配の構図は、それだけで成り立ってしまう。
ランダルの目はセバスチャンの顔を真っすぐ見ていた。けれど、それは会話のための視線ではなかった。
「ねぇ……セバスチャンって、“どこまで我慢できるか”試してみたくならない?」
口調は軽い。でも瞳の奥にあるのは、純粋な欲求だった。
「もっと強く踏んだら?怒らなかったら?喋ったら?逃げたら?殴ってきたら?泣いたら?」
言葉はどれも感情の色を持たないのに、ひどく楽しそうだった。
ランダルは反応を待つように、影の上で足をゆっくり揺らした。
口元は三日月のようにゆるんでいて、片目だけほんの少し細くなっている。笑顔の形をしているのに、まったく温度を持たない。
ただ、いつか何かが壊れる瞬間を、心から待ち望んでいるような顔だった。
それはまるで、試験管に薬品を一滴ずつ垂らして、いつ反応が起きるか見ている研究者のような目。
そこには人の形をした「何か」がいた。
ランダルの身体がゆっくりと影から退く。けれどその興味は、まだセバスチャンに貼り付いていた。
「……ねぇ、も見てた?いまの、たのしかったよねぇ?」
その目が、私に向く。でも私の足は、まだ一歩も動いていなかった。