第9章 たべられたひ
毛布がやわらかく私の肩に触れ、
ランダルの体が、そっと寄ってくる。
「……食べられたの、こわかったでしょ」
耳元に落ちたその声は、
いつになく静かで、あたたかかった。
「裸、見られたのも……やだよね」
そう囁きながら、
ランダルの手が、毛布ごと私の肩をやさしく包む。
私は――何も言わなかった。
でも、思い返していた。
ナナの中。
ぬるくて、やわらかくて、でも暗くて、何も見えなくて。
あの感触はたしかに、すこしだけ、こわかった。
だけど、そのあと。
ニェンの手。
泡の匂いと一緒に、髪を撫でてくれたぶっきらぼうな手。
それは――いやじゃなかった。
(またあっても、きっとおとなしくしてるかもしれない)
そんな考えが胸の奥に浮かんだころ。
ふいに、ランダルの手が、そっと私の髪をなではじめた。
指先が、前髪をやさしく払って、額に触れる。
「よしよし……ね、もうだいじょうぶ。
ちゃんとボクがそばにいるからね……」
そのまま、不器用に――
ランダルの唇が、そっと私の額に触れた。
少しだけ震えるようなキス。
それはぎこちなくて、どこか子どもっぽかった。
でも、そこには確かなあたたかさがあった。
唇が頬や口元に向かうことはなかった。
ただ、額とこめかみ、それから髪にだけ、
そっと触れるように、何度かキスを落としていく。
まるで寝かしつけるように。
家族みたいに。
でも、それはどこか――“ボクのプリンセス”にするための、
静かな儀式のようでもあった。
私は、何も言わなかった。
されるがまま、目を閉じたまま、ただ棺の底で息を吸っていた。
その手が止まり、額がそっと私の髪に重なった。
棺の中に満ちていくのは、あたたかい息と、毛布のにおいと、
もう誰にも聞こえないような、やさしい囁きの余韻だった。