第9章 たべられたひ
湯の中で、私は静かに揺れていた。
体はあたたかく、心はまだ半分だけ沈んでいるような――
そんな、境目のない時間の中にいた。
と、背後で湯をすくう音がして、私はほんの少しだけ肩をすくめた。
「……じっとしてろ」
ニェンの声だった。
振り返るよりも早く、ざばっと湯が頭からかけられる。
「……っ」
お湯の温度はちょうどよかった。
でも、動きがあまりに勢いよくて、思わず目をぎゅっと閉じた。
泡立てられたシャンプーの匂いが、ふわっと漂ってくる。
ごしごしと、少し乱暴な手つきで頭をこすられていく。
「痛くねぇだろ。平気だろ。ほら」
言葉はぶっきらぼうだったけど、
爪が地肌に当たらないように、妙に気を遣っているのがわかる。
手のひらは少しざらざらしていて、
ごつごつとした骨ばった感触が頭に伝わってきた。
私は何も言わず、ただ目を閉じてされるがままだった。
泡がぬるい湯に流れ落ちて、髪が重くなる。
耳の後ろをこすられたときだけ、少しくすぐったかった。
頭を前に倒され、もう一度湯がかけられる。
石けんの匂いと混じって、湯気がすこしだけ鼻にしみた。
「……石けん、つけるか?」
声は、私じゃないどこかを見ているみたいだった。
私は、ゆっくりと、うなずいた。
それを見て、ニェンはまた手を伸ばす。
さっきよりも、すこしだけ、やさしく。
私は湯の中で、ただ揺れながら、
ニェンの呼吸と、湯の音を静かに聞いていた。