第8章 はち
それから何時間もしないで、予感は的中した。
本丸に響く鈴の音は重症者を知らせるものだった。
…あぁ、だけどアンタ、そんなに強かったんだな。
俺の前ではめそめそと泣いていた癖に。
「第一部隊が帰還した、重症者は…」
その知らせを聞いて、主は表情を変えた。
凍てつくような、見たことのない顔をしていた。
俺の方が、動揺している?
「国広」
ついて行くことさえできず、立ち止まったのは俺だ。
声をかけてきたのは、鈴より先に重症者の知らせを持って第一部隊の帰還を知らせた、加州清光。
「……あぁ」
「酷い顔だね、お前がその顔するの?」
「俺は、どんな顔をしている?」
「…一期じゃないんだから、しっかりしてよね。こう言うとき主を支えるのはアンタの仕事でしょ、初期刀の山姥切国広の」
「……あぁ、わかっている。行ってくる」
「ヘマするなよな、」
「それはもう、遅いかもしれない」
「なんの話?」
「いや、…なんでもない。主は札を使って手入れをすると思う。後を頼む」
「はいはい」
少し遅れて主の後を追い、手入れ部屋に入る頃には札を使ってあっという間に治療を終えていた。
「国広」
「なんだ」
「…遅かったね」
背中を向けているせいで、表情すら見ることができない。
「清光に、この後の動きを話していた」
「国広」
「なんだ」
「言うことある?」
「………ないな」
「うん、わかった…ねぇ、お願いしてもいいかな?」
「なにを?」
「彼、初陣だった。重傷を負った後の大変さは、国広が1番知ってるでしょ、たとえ札があっても」
「…あぁ、わかった」
「私は、まだ仕事があるから執務室に戻るね」
「主」
「なに」
「…悪かったな」
「なんの話?」
主の顔は最後まで見ることができなかった。
ーーーー
ーー
時より痛みに対してうめき声を押し殺すような、悲痛な音がする。
ぬるくなったタオルを絞り直しては、汗を拭いてやる。
顕現してから初めてだった。
主が意図的に俺を離すのは。…って、何に胸を痛めているんだ。
「八つ当たりか、」
誰に届くことなく、言葉が消える。
夜も深まってきたころ、障子の木の部分を叩いてきたのは兄弟かとも思ったが、どうやら違うらしい。
「山姥切さん」