第9章 きゅう
三日月がそう言ったところで、もう本当に記憶がない。
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「主、寝ちゃった」
「昨日も遅くまで書類でも見てたんだろう、部屋の前を通った時、灯りが漏れていたからな」
「鶴丸部屋反対なのに」
「加州や、それを言うのは野暮だろう」
そんなやりとりが聞こえて、うっすらと目を開ける。
部屋まで運んでくれのだろうか、声に少し距離がある。
「知ったような口だな」
「じじぃだからな」
「え、それ今関係なくない?」
部屋?…ではないみたいだ。
風が吹いて、少しだけ心地いい。
《外?》
呟くと、遠くに座る三日月と目があった気がした。
状況を理解しようと辺りを見回した時、自分の手の小ささに驚いた。
《っ、》
心臓がバクバクと音を立てる。
酷く見覚えがある、衣服…と言っていいんだろうか、とにかくその装いにどうして今更と狼狽える。
「あれ、三日月どっか行くの?」
「少し茶を飲みすぎた、廁へ行ってくる」
「最近近いみたいだ」
補足するように鶯丸が言うと、さほど気にも留めずそう言ったのを聞いた。
「じじいだからな」
ちょうどいいと、追いかける。
曲がり角を数回曲がったところでいきなり振り返られて、私も思わず同じようにした。
「…くっ、」
《え?》
「その姿では、久しいな」
そう声をかけられて、ブリキのおもちゃのように顔を逸らした。
ぎぎぎっと。
「やはり、共鳴したか」
《やはり?共鳴?》
「いや、なんでもない。近う寄れ」
ブンブンと首を振るとそっと手が伸びてきて、身を翻すより先にその美しい手に捕えられる。
「まさかその姿で会えるとは思わなかったな」
《どうして、見えるの》
「元から見えていたではないか」
《…元からって、どう言うこと》
指の隙間から、少し悲しげに笑うのが見えた。
「覚えていないのか、あんなに言葉を交わしたと言うのに」
《っ》
「春はまだ来ぬが、どうしたのだ?」
《…覚えてるの、この姿を》
「あぁ」
《気付いてた?》
「そうだな」
《いつから?》
「さぁな。初めからと言っておこうか」
ぽろっと、涙が溢れる。
袖で軽く拭われる、お香のような匂いがした。
《そう。ねぇ、共鳴ってなに》
「はっはっは」
グッと眉を寄せる。