第8章 はち
「主」
襖の奥、キーボードを打つ音がする。
「…入るぞ」
お茶を用意しながら、主を盗み見る。
この人間の悪い癖だ。
「第一部隊が出陣して行った」
夢中になると、食事すら忘れる。
「…」
「主、よかったのか。見送らなくて」
手が止まる。
これは初めてだな、いつもは話しかけても手を止めたりしないのに。
「…」
「まぁでも、主がしなくても俺が釘をさしておいたから、折れることはまずないだろう」
「…できた、初期刀だね」
「そうだろう?」
「なんて言ってた?」
「無事に帰ってくるってな」
俺がそう言うと、泣きそうな顔で振り返った。
「でも…でも、お守り受け取ってくれなかった」
「安心しろ、俺が乱に予備として渡しておいた」
「…。じゃあ、安心かな」
「安心してない顔だが?」
俺が言うと、ぽつりぽつりと畳にシミを作ってく。
主の目が、宝石みたいに輝いている。
そっと、その涙に触れる。
「…ごめんっ」
「いや」
「ごめん」
「そればかりだな」
「私、初めてだ…行ってらっしゃいって言えなかった。言ったら、帰ってきてくれない気がして」
「あぁ」
「私らしくないね、なんかずっと。…ちがうな、…鶴丸が顕現して、私、」
「臆病になったな」
「…」
「唇を噛むな、血が出るぞ。主の傷はすぐ治らないだろ」
そっと、指でなぞる。
「大丈夫だ、怪我はあっても帰ってくる」
「ん」
「そのために編成した部隊だろう」
「うん。…そうだよね、今回は国広も"相談に乗ってくれた"し」
「あぁ」
主、先に謝っておく。
俺はこの先のことを、少しだけ想像していた。
想像できていた。
…でも、言わないでおいた。
俺はあんたの初期刀だから、例えあんたに憎まれても。
助言した、何度も行ったことのある出陣先で練度差があるよう部隊を組めばどうなるか、きっとアイツが絡んでなければあんたは冷静に考えただろうな。
乱に渡したのは、青い御守り。
俺の考え通りに進むとは限らないでも、0とも言い切れない。
アイツには酷だが、そうなればいいと思った。
「国広?」
「……あぁ」
血相を変えて、玄関に向かうあんたを何度も想像する。
俺が重傷で帰った初日、それ以上にあんたは動揺するだろうな。