第7章 なな
部屋に戻るわけでもなく、ただ導かれるようにしてその木に触れる。
「なぁ、お前…俺に会ったことあるだろ?」
その問いかけに答えるわけでもなく、ただ風に葉を揺らす。
「お前見てると安心するんだよ、昔馴染みみたいなさ。
ここの奴らといるの、居心地が悪いんだ…、どうして俺はここに導かれたんだろうな、同位体なら他にもいるのに。…なんてな」
幹の出っ張りに足をかける。
「痛かったらごめんな」
また先ほどと同じように太い幹に体を沿わせ、休む。
葉の間から月明かりと星が見えて、なんだかよく休めるような気がした。
風が心地いい。
「お前に出会うためかもしれないな…」
そう呟いて目を閉じる。
『…浮気者』
誰かにそう言われたような気がして、少し眉を寄せる。
気配を感じて本体に手をかける。
素早く目を開ければ、この世のものとは思えないほど、息をのむような、美しい姿。
なんとも言葉にできない、春を体現したような優しく暖かく、小さい人の姿をしたものがふわふわと、飛んでいる。
「人ではないな」
『……えぇ、まぁ。この姿はね』
その言葉に眉を寄せる。
「悪いものでもないようだが」
『失礼しちゃう。どうして、疑うのよ。あなた何度も私に話しかけてたじゃない』
「は?」
『…やっぱり忘れているのね』
「忘れている?俺が?」
『貴方が私をここに運んだんじゃない、“お前こんなところで咲いてたのか。寂しいだろ、こんな暗いところじゃ”そう貴方が言ったのよ』
そのモノが俺に触れると、ふんわりと流れ込んできた記憶。
どんよりと雨が降り続く森、久方ぶりの晴れ間にそれは芽を出した。
小さな双葉。
それから少しして、俺が現れる。
…あぁ、そうか。
「お前、その木の精か」
『この姿で会うのは初めましてかしら?』
「……そうだな」
『貴方に見えてなかっただけだけれどね』
「どうして今更、その姿を見せてくれることにしたんだ?」
『違うわ』
「違う?」
『月も鶯も私が見えていたようだし、貴方は私の存在を信じていなかったでしょう?甲斐甲斐しく世話をするくせに、貴方は私に話を聞かせるだけ。私の声を聞こうともせずに』
「そうだったか?」
『そうよ。…でもそれでも良かった』
懐かしむような目をしている。