第5章 ご
「こちらの座標は前にも一度使われていたことがあるんですよ。わかりやすく言うと古民家みたいなものです。
それをリノベーションしていて」
その地に降り立った時、どうしようもないほど涙が止まらなかったわ。
担当の説明もろくに聞かずに、走り出す。
私が在った場所はどうなった?
私はどこに在った?
「…え、」
声を失った。
「急に走り出すから、驚きましたよ」
担当の言葉を聞く前に、腰が抜けた。
ここに在るなら、私は何?
「立派な木でしょう?桜の木です」
色んな説明を受けたはずなのに、何一つ頭に入ってこない。
その木は私が知るよりずっと大きく、…ずっと。
あぁ、私もこうなっていたはずなのに。
変なの、変な気持ち。
「…なぁ、いつまでそうしているんだ?」
「…」
「すごい顔だぞ」
「…」
「担当は帰った。後日また様子を見に来るらしい。ちゅーとりあるを済ませておけとのことだ…!!」
「…っ、わかったわ」
国広の言葉にハッとしてうなづく。
「…この木に思い入れでもあるのか?」
私に手を伸ばして、立たせてくれた国広が核心を持って聞いてくる。
果たして本当のことを言って、信じてくれるのかしら?
こんなこと、誰が信じるって言うの。
相手は付喪神様とは言え、木だった頃の私も違うのよ?
「言えないか。…ならいい」
ぎゅっとフードを掴んで、目深に被り直した国広。
その姿が悲しげでまた不誠実な気がして、思い切って国広の布を掴んだの。
「国広、」
「…」
「何を言っているのかと思うかもしれないわ。貴方は今、私自身のことを、何も教えない、信頼を置くことができないそんな主だと思っているかもしれないわね」
無言が肯定に思えて、キュッと心が痛んだわ。
「私、この本丸にいたことがあるのよ」
「どう言うことだ?」
「…」
「鶴丸国永」
貴方の口から出たその名前に、私は動揺して俯いた。
伝えようと思ったのに、意気地なし。
ぽふっと、国広の手が私の頭に乗る。
ぎこちなくわさわさと、頭を撫でられて、それがどう言う意味かわからなくて顔を上げたの。
国広の翡翠のような目が、私を見ているのに気がついて、どんなふうにその目に映っているのか、聞きたくなったわ。