第3章 さん
いまの今まで忘れていたの。
嘘つきさんのこと。
…なんて言ったら可哀想ね、最後に会いに来てくれたのに。
「素敵な絵を描いているな、と思って」
「そう。見てていいわよ」
少し、椅子が軋む。
「ありがとう」
こんな私にも物腰が柔らかい。
「この時期に桜?」
「いいでしょ、桜。私好きなの」
「あぁ、私も好きだ」
画用紙に、ピンク、茶色、緑。
「見せたい人がいたの。だからずっと描いてるんだけど、みんなには変って言われるわ。夏も秋も冬もずーっと描いてるから」
「へぇ、そうなんだ」
「貴方、私に名前聞かないのね?」
「え?」
「大人はみんな聞くわ、その方が便利みたいね」
「私は、」
「わかるわ。覚えてるもの、水心子」
「分かるのか?」
「分かるわ。お刀様って、嫌な人間が言っていたけど、その意味はわからないわよ」
「…そうか」
「貴方のこと嫌いじゃなかったわ。私の声を初めて聞いてくれた。今も、お話してくれる。優しいのね」
下からその表情を盗みみれば、少し驚いた顔をしている。
「優しい、か」
「えぇ。私に対しては優しかったわ。他の人にはわからないわよ。
貴方と私のことだもの」
「君は不思議な子だね」
「それは変ってこと?」
「気を悪くさせたらすまない。変ってことではない」
「ならいいわ。気は悪くなってない。水心子って、私も呼んでいいかしら?私のことはと呼んでちょうだい」
「構わない。でも、私は君をその名では呼べない」
「どうして?」
「どうしても。いつか分かる…と、思う。君は特別なようだから」
「それはいいこと?」
「さぁ?……でも、独りではないだろう」
「それはとっても良いことよ!独りはとっても寂しいわ」
「争いに巻き込まれたとしても?」
「いがみ合うのが人なのよ、知恵があるから」
「……ふっ」
「どうして笑うの?」
「君は凄いな」
「そうかしら?」
「大人よりも物事がよく見えてる気がする」
「観察してるもの、昔から観るのが好きなの。できれば、楽しい方がいいわね。私を見て、笑顔になってほしいの。私を日向に運んでくれたモノが言ったわ。私には驚きの力がある。みんなを笑顔にする魔法が使えるんだって、…でも、もうその魔法は使えないの」
「どうして?」