第3章 さん
自我が芽生えた時、驚いたわ。
手も足もある、目や耳も鼻も。それから口も。
だけどやっぱり不便だわと、思ったこともあったの。
それはこの体の小ささ。
私の前でかくれんぼや、鬼ごっこをしていた子たちと同じくらいかしら?
もっと小さいかもしれないわね。
「ちゃん」
それに、今回は名前があるの。
人という括りらしいわ、私は。
驚きじゃない?
あんな終わり方をしたから、神様がご褒美をくれたと思うの。
嬉しかったわ、貴方にそっくりの体のつくり。
会えるかしら?
…会えるわよね、だって、なんて言うんだっかしら?
転生、…そう、私が転生してるんだもの。
だとしたら貴方も、私よりももっと早く産まれて、大きくなったかもしれないわ。
気づけるかしら?わたしは。
貴方は。
まぁ、会ってのお楽しみね。
「なかなか話さない子ですね」
「し、聞こえるだろ」
今も昔も、変わらないのは失礼な人間が多いってことね。
「それに、この歳であんなことに巻き込まれたんだ」
話したくないだけよ、貴方みたいな大人と。
そう言わないのは、面倒だからよ。
「あ、ちゃん。どこに行くんだい??」
私に寄り添うふりをした1人は、私が駆け出すとすぐに追いかけてきて、やっぱり面倒だと思った。
椅子に腰掛けて、渡されていたスケッチブックに絵を描く。
「あぁ、絵を描きたかったんだね。じゃあ、ここでいい子に待っていてくれるかい?」
うなづきもせず手を動かしていると、そっと頭に手が伸びてビクッとする。
「驚かせてすまない。じゃあ、頼んだよ」
広いロビー。
静かな空間で絵を描く音だけ響く。
雲ひとつない青空。
私をここに産み落とした人達が、空に行く日らしい。
そう大人が言っていた。
大嫌いな黒と、大好きな白のストライプ。
正反対で変な感じ。
自動ドアが開き、足音が静かに響く。
私の前で止まったから顔を上げずに、絵を描き続けた。
面倒そうだなって思ったから。
視界の隅に磨かれた黒い革靴。
近いわ。
「何かご用?」
この喋り方は見た目にそぐわないと、よく言われる。
それが面倒だからいつもは話さないのだけれど。
しゃがまれたお陰で、顔が見えたわ。
跳ねた黒髪、翡翠の瞳。