第2章 あの人
力強いダンスとは裏腹に、その表情にはどこか儚げな印象がある。
それが月下美人と呼ばれる所以らしい。
それでもいつか、お会いしたい…
そう願いながらスタジオ入りした俺はいつも通り元気よく挨拶をした。
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何事もなく収録が終わって、スタジオを出る。
控え室に向かう途中、すれ違った人に「お疲れ様です」と声をかける。
その人は少し立ち止まってから軽くお辞儀をして去ろうとした。
「あっ、待って!」
驚いたように硬直しているその人を見て、やってしまったと思った。
既視感があるからつい反射で引き留めちゃったけど…
この反応絶対俺のこと知らないよね〜…
「呼び止めてしまってすみません。どこかでお会いしたことあるような気がして」
『…気のせいだと思うよ。君に会うのは今日が初めてだ』
「あれ、俺その声聞いたことある気がする…」
あまり待たせるのも申し訳なくてフル回転で思考を巡らせる。
そして十数秒してから思い当たった。
「あ、俺の好きなダンサーさんの声に似てるんだ。なんで気付かなかったんだろう」
『…好きなダンサー?』
「はい。世界的に活躍してる“luna”って言う方です。俺、大ファンなんですよ」
その名前を聞いて少し驚いたように瞬きし、
困ったようにふっと笑うと『気付かれたのは初めてだ』と言った。
今度は俺が驚く番で聞き間違いかと思った。
『改めて、私はダンサーの“luna”だ。普段、動画の声は軽く音声加工をつけているから、こうやって話していても気付かれないとばかり思っていたよ』
「…えっ本物?」
『ファン、と言うからにはこの喋り方で分かるかと思ったんだが』
「分かるんですけど、まだ頭の理解が追いつかなくて…」
『あぁ、なるほど。それは仕方ないね。君、名前は?』
「そういえば俺は名乗ってませんでしたね、すみません。俺はコズミック・プロダクション所属、“2wink”の葵ゆうたです」
『コズプロの“2wink”…ということはあの双子ユニットか。ゆうたはこのあと仕事が入っているか?』
「いえ特には。戻ったら“luna”さんの動画を見て自主練しようと思っていたくらいです」