第1章 辞めさせるために[☆不死川実弥]
(さっきであそこにいたのにここにいるわけがない)
そう思い、彼がいた場所を見ると彼はいなかった。
目の前にいる彼を再び見ると、何か喋っていた。
しかし両耳を塞いでいるから、何を喋っているかは分からなかった。
彼は手の動きで、耳を塞ぐのをやめろと言ったが、
彼女はそれをやめなかった。
(これが幻覚ならよくできた幻覚だ。
確かにあいつは、やめろばっかり言う)
「塞ぐのやめろって」
その声が聞こえた時、彼女はゾワッとした。
両耳を塞いでいた手は、いつの間にか彼の手が握っていたのだ。
「鬼、俺が斬ったから」
「……は?」
「ほら」
彼が指さした方向を見ると、
塵となり消えていく鬼の姿があった。
「他の隊士たちも無事だ。
さっきからお前に伝えてんのに耳塞ぎやがって」
「…ごめん」
「さっさと帰ろうぜ」
おかしい。
頭の中ではそう思っているのに、体が勝手に動く。
「…悪かったなァ。いろいろ冷たくして」
「……いや、私も………」
「これからはよォ、また昔みたいに話そうぜ」
「……うん」
本当に、本当にこれは現実なのか?
幻覚じゃないのか?
このまま…
幻覚を見ている隊士たちを見下ろす鬼は、不気味に口角を上げた。
(俺の血鬼術は幻覚を見せることだけではない。
その幻覚の内容は、本人が1番望んでいることだ。
あの女の鬼狩りは下山をしようとしているな。
幸せなところで殺すのが楽しいんだ)
「よォテメェクソ鬼ィ、随分と楽しそうだなァ」
背後から低い声が聞こえ、鬼は勢いよく振り返った。
彼の両耳から血が流れていて、
鼓膜を叩いて破ったのだと瞬時に理解した。
「テメェがギャーギャー言ったところで俺には何にも聞こえねェ。
術を解けェ。これじゃあまともに帰れんのは俺だけだァ」
「術を解いたところで何になる。
お前らまとめて俺に喰われるんだよ」
「何言ってんだか分かんねェけど解くつもりはねぇみてェだなァ」
彼は刀を構え直し、息を吐いた。
「さっさと死ねよクソ鬼。
俺の女に術掛けてんじゃねェ」
風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風