第1章 1
逢いたい、と思い始めたのは、喧嘩別れから3日目。
それからは早かった。
彼のライブスケジュールを確認して、自分のスケジュールと重ね合わせる。
そして、迷わずチケット購入。
チケットを手にした瞬間、ハッと我に返った。
周りを見ると、黄色い声。
その5割程が、私の彼氏に向けられているみたい。
───そして、冒頭。
「き……来てしまった……」
【逢いたい、でも、迷惑かな…。】
私は比較的後方でステージを見つめていたけれど、公演の中盤でステージに立つ彼が、フロアに向かって体を乗り出した。
その瞬間、私の周辺で大きな波が起きた。
ドッと襲いかかる人の波。
私は、強い力を持つそれに抗えなかった。
「きゃ…っ!!」
小さく悲鳴をあげながら、前へ前へと押されていく。
それはもう、強い力で。
────ふと、全てが憎く感じた。
──自分が人の波に飲まれていること。
──いろんな人にもみくちゃにされていること。
──せっかく、少しでもキレイに見えるように頑張ってきたのに。
──恋人の私よりも、知らない女の子の方が、彼に近い──。
────彼に──手が届かない。
涙が滲んだ。
ぎゅっと唇を噛み締めて覚悟を決めると、人の流れに身を任せ、私は前へと流されていった。
あと少し……あと少しなのに。
耳元で聞こえる黄色い声の持ち主達と同じように、私は必死に手を伸ばす。
───あの手に、せめてあのベースに…、ううん、ズボンでも靴でも構わない、あなたに触れられれば私は………。
でも。
──届かない。
───届かない。
──────届かない。
涙が溢れる。
その時。
「和之ーー!!」
私の隣で手を伸ばす女の子が彼の名前を叫んだ。
私は目を見開く。
……それは、彼の、名前。
………私が、私だけが、呼ぶことを許された、私だけの、彼の名前…。
私は息を吸い込んだ。
「っ──和之ーーー!!」