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ロドスの日常[方舟]

第24章 お茶の作法


「少し休みましょう、ドクター」
「え」
 ふわりと黒い髪を靡かせて簡易キッチンへ向かったチューバイを私は目で追う。何か厳しいことを言われるのかと身構えていた私からすると不意打ちのような言動だった。
 それからキッチンの方でぽとぽととお湯が注がれる音が聞こえ、私はそれを横目に仕事を進める。チューバイが何か飲み物を用意してくれるようだ。
「どうぞ」
 間もなくして、チューバイが持って来たのは温かいお茶だった。極東出身の人たちがよく用意してくれる飲み物。葉っぱの香りが辺りを包み込むようだ。
「ありがとう、チューバイ」
 私がカップを手にすると、チューバイがこう聞いてきた。
「極東に伝わるお茶の飲み方を知っていますか?」
「飲み方? いいや、知らないけど……」
 お茶に飲み方なんてあるのか。私が疑問に思いながら答えると、チューバイはソファに腰を下ろして両手でカップを持った。よく見るとチューバイのカップには持ち手がない。
「こうやってカップを回しながら中をゆっくり回すのです。こうやってゆっくり動かすことで、心も落ち着きます」とチューバイは話す。「そしてお茶を作ってくれた人やお茶を淹れてくれた人、色んな人に感謝をしながら音を立てて飲むのです」
「音を立てて飲むのかい? 行儀悪そうだけど」
「極東はこういう作法なのですよ」
 それからふわりとチューバイは優しく笑ってこちらを見た。チューバイはきっと、お茶の作法に倣って飲まなくても別に怒ったりはしないだろう。ただこの時は、私と雑談をしたかった。そのような雰囲気で、私と視線を混ぜ、それからお茶をズズッと音を立てて飲んだ。
 私も続いて飲んでみようとはしたが、わざと音を立てて飲むというのは普段からしない自分からしたらやや難しいことで、何か変な音がした気がした。カップを下ろすと、それでも優しい顔をしていたチューバイが見えて私はどこかで安堵した。
「落ち着く味がするよ」
 私は感想を伝えた。
「それなら良かったです」
 チューバイはそう言い、仕事へと戻って行った。いつも前線で戦ってくれる彼女の周りは、なぜかゆったりとした空気が包んでいるみたいだ。まるで、温かいお茶のように。

 おしまい
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