第10章 悪夢の棲む家
ちらりとナルは笹倉夫人を見る。
先程よりも遥かに顔色が悪く、そわそわと落ち着きがない。
「開口部のほうの壁にボルト穴らしいものがありました。おそらく勝手に開かないように固定してあったんでしょう。しかし、それは外されていた。その代わりに2ヶ所、裏のビルの壁面を利用して心張り棒をかませてありました」
笹倉夫人がびくりと肩を跳ねさせる。
「裏のビルは裏庭に面して換気窓程度しかありません。反対隣の家には開口部はない。ただ笹倉家だけが裏庭に面して窓を持っています」
「……出入りできるのは笹倉家の人間だけという事か」
「最も疑わしいと言うべきでしょうね。声を録音して比較してみる事です。さらに確実なのは笹倉家の通話記録を調べる事。できれば直接証拠になるでしょう」
完全に笹倉夫人の顔色は真っ青になっていた。
そんな彼女を広田は厳しい目付きで見てから、翠の方へと向き直る。
「翠さん。告訴なさいますか」
「え?」
「笹倉さんの同意がなければ電話局に通話記録を提出させる事はできません。翠さんが告訴なさって問題が裁判所に持ち込まれればそれが可能になります」
翠は広田の言葉に眉を寄せながらも、笹倉夫人へと視線を向ける。
「……私は悪戯さえやめていただければ、いいです。それさえ約束していただければ、告訴する気はありません」
「──約束します!」
笹倉夫人が叫んだ。
「約束するわ。だから訴えないで!主人は教師なの。こんな事が学校に知られたら──!!」
「……わかりました」
翠は告訴はしないと決めた。
そして笹倉夫人を帰し、玄関の扉を閉めてから居間へと戻る。
「まさか、隣人の仕業だったなんて……でも原因がわかって少しほっとしました。みなさんありがとうございます」
「そんな……無事に解決しそうでよかったです」
広田はチラリとナルを見る。
彼はどこか納得できていないような、そんな表情を浮かべていた。
「どうした?まだ何か?」
「いえ──」
広田はそんなナルの様子を首を傾げる。
そうしてナルに続いてベースへと戻った。
「いやぁ……今回はぼーさん必要なかったね」
結衣は息を吐き出しながらそう呟くと、法生はむっとした顔をする。
「必要なかったってなんだよ」