第10章 悪夢の棲む家
ナルは面倒臭いものを見るように広田を見た。
その視線は凍てついたようなものであり、広田は思わず怯んでしまった。
そして言われた通りにその場に座る。
「偽薬というと怪しげなものだと勘違いする馬鹿者がいるが──れっきとした医学・薬学上の用語だ。薬理学的に不活性の物質──たとえば澱粉や生理的食塩水を薬だも偽って患者に与えると、薬を飲んだという心理的な効果から本当に治癒する事がある。そうやって投与されるものを偽薬という」
「ひょっとしてプラシーボ効果ってやつ?なるほど、そーゆーコトか」
「何が『なるほど』なんだ?」
「阿川夫人は引っ越して以来、怪現象のせいで心理的にまいっている。風のせいで窓が音を立てても何かがいると騒ぐほどだ。翠さんの最大の不安も母親の状態にある。それで偽薬を与えて安心させたいんだ」
広田はナルの言葉に、それまで眉を寄せていたがそれをゆるゆると解いた。
「それにはできるだけ派手な儀式のほうがいい。確かに除霊したと強く印象づけるために」
「しかし、まさか俺に祈祷の真似事だけして帰れとおっしゃる?俺にもいちおープライドってもんがあるんですがね」
「ぼーさんに手伝ってもらうほどの事件じゃないと思うんだが」
「ほう?」
ナルは安原が持ってきた紙袋が一つの機械を取り出した。
その機械に双子は首を傾げながらも、それをナルから受け取る。
「たとえば、ブレーカーが頻繁に落ちる件についてはこれが原因」
「何?」
「何の機械?」
「ブレーカーの動作部だ。この家のブレーカーを分解して調べてみたが、表示では30アンペアとなっていたが内部の部品自体は5アンペアしかなかった。日本の家庭用電圧は100ボルトだから500ワット。おおむね倍から4倍の電流でブレーカーは落ちてしまうから、クーラーが2台も動くと落ちる計算になるな」
ナルの説明に双子は『へ、へえー』と言いながらも理解しようとして脳がごけそうになっていた。
相変わらず彼の説明は小難しくて分かりにくいものだと双子は脳が焦げそうだと思った。
「電話の雑音は無線電波のせいだ。基本波の混入とイメージ混信が確認されている。テレビの不調は電波増幅器(ブースター)に繋がるケーブルの不具合のせい。内側に何ヶ所も故意に腐食させた跡が見つかった」