第10章 悪夢の棲む家
「名前は笹倉加津美。亭主と息子の三人家族だ。亭主は公立中学の教師、息子は高校生──と翠さんに聞いた」
「ずいぶん家の中の事が気になるようですね」
「ああ……おばさんはかなり嫌がってるみたいだが」
「その『おばさん』は中年女性一般に対する呼称ですか?それとも両親の姉妹への?」
ナルの言葉に広田は目を見開かせながら、シドロモドロと言葉を発する。
「──それは……当然……」
「翠さんの使う『広田さん』という呼称は、あまり従兄弟に対するものとも思えませんが」
どうやらこの少年は自分が翠の従兄弟ではないと気づいているようだった。
このまま隠しても無駄だと確信した広田は、少し手を握りしめる。
「……気づいていたんだな」
「従兄弟を詐称した理由をお聞きしても?」
「……職場の同僚が翠さんの学生自体の友人で紹介されたんだ。家で奇妙な事が起こっていて心細いだろうから、用心棒をしてくれと。世間体が悪いから従兄弟という事にしようという話になって」
「そういう事にしておいてあげましょう」
「どういう──」
「と、いうところでお茶をください」
「なんで俺が」
「人使いが荒いと言いませんでしたか?」
言い返せない広田は『くそう……!』と言いながらも、ナルと共にダイニングへと向かう。
「そういえば……結衣も勘づいていますよ」
「谷山さんが?なにを?」
「貴方が翠さんの従兄弟じゃないだろう……ということに」
その言葉に広田はたいそう驚いた。
何処かのほほんとした柔らかい雰囲気の少女なのに、勘づいていたとは……と驚いてしまう。
「アレは意外にも勘が鋭いので」
「そうなのか……」
意外だなと思ってしまいながら広田はナルに続いてダイニングへと入った。
急須や湯呑みを準備していれば、広田はナルが鏡になっている窓をじっ……と見ていることに気づく。
「──水仙になっても知らんぞ」
「望むところです」
ナルシストめ。
広田は舌打ちしたい気分になりながらも、ポットのお湯を急須に注ごうとした。
「……どうして鏡なんだろう」
「採光が悪いからだろう?」
「それでも鏡にする必要はないでしょう。採光が悪いとしても、それが窓であればガラスにするものじゃないかな」