第9章 忘れられた子どもたち
ぼーさんはニヤリと笑う。
一体偽名の話以上になにがあると言うんだ。
あたしは首をひねりながら不思議そうにしていると、ぼーさんは話を続けた。
「おれはナル=『渋谷一也』というのは非常に胡散臭いと思っている。名前だけじゃない。ナル坊の私生活ってのはほとんどが謎だ。なかでも自宅の住所や連絡先を絶対に言おうとしないんだよな。結衣、麻衣。知ってるか?」
「知らないよ」
「何回聞いても教えてくれないんだもん」
知ってるのはオフィスの電話番号ぐらい。
何回かナルやリンさんに電話番号や住所をそれとなく聞いたことがあったが教えてくれることはなかった。
何で隠してるんだろう。
なんで教えてくれないんだろうと思っていたが、秘密主義なのだろうと放置していた。
「だろ?明らかに自分の住んでる場所を隠したがってるんだよなぁ。問題は『何故隠すのか』ってことなんだよ」
「なぜって……えーと。フ、ファンが押しかけてくるから?」
「オフィスを構えてちゃ自宅だけ隠しても意味ないだろ。で、おれはこう考えてみたわけ。ナルの住んでる場所はそれがどこだかバレただけで、ナルが本当に隠したがってることを暴露してしまう可能性があるんじゃないか?」
「本当に隠したがってること?」
「ナルの正体ってやつだ」
「しょっ……!?」
「正体!?」
「こいつは明らかにプロフィールを隠したがってる。ところが住んでる場所がバレると、途端にそれが暴露しちまう可能性がある。だから隠すんだ。違うか?」
「……返答を要求してるのかな?」
ナルの言葉にぼーさんは溜息を吐く。
そんな彼らを見ながら、あたしは困惑したままだった。
(ナルの正体って……どういうこと?)
ナルはナルじゃないってことだろうか。
そう思いながら胸がザワつくのを覚えた。
「……なあ、結衣、麻衣」
「な、なに?」
「なに?」
「もし『渋谷』が偽名なら、自宅の場所がバレると表札に本名が書かれてたりするから困るよな。だから家を隠すのはわかる。じゃあ、電話番号まで隠すのはどうしてだと思う?」
「……局番?」
「あ……局番でどの辺に住んでるかが分かっちゃうから?」
「あ、電話帳で住所が探せるからじゃない?」