第9章 忘れられた子どもたち
「本名が『ナル』なら、リンがそう呼んでもおかしくないよな。──そう考えてふと思い返してみると、おれはナルの本名がまさしく『渋谷一也』である証拠を見たことがないんだな」
「で……でも、そんなのみんなそうじゃない?」
「まあな。しかしおれたちとナルじゃ事情が違う」
「どう違うのよ」
「以前にもナル坊が調査中に入院したことがあったろう」
「あ……湯浅高校の事件のとき──」
ナルが入院したのを見たのは二回目。
湯浅高校の時、急に倒れて救急車で運ばれたのを今もよく覚えている。
「あのときナル坊の病室に名札がなかったのを覚えてるか?」
「う、うん……出てなかったね」
「病院の名札ってのは保険証にある本名が書かれるもんだ。なのに何故か白紙だったわけ。ところが今回はちゃんと『渋谷一也』って書かれた名札があったんだな」
そういえば綾子が言っていた。
ナルは保険に入っていないと……。
「そしてだ。前回は見舞いを断っておきながら、今回は毎日のように行っても何も言わなかった。更に前回はどうだか知らないが──今回は保険がないと言って法外な治療費を要求されたってわけだ」
「えっと……つまり、前回はうっかり病院に本名を言ってしまったから名札を白紙にしてもらったってこと?」
「たぶんな」
「と、すると。医者か看護師は当然本名を知ってるわけよね。で、アタシたちにバレないように見舞いにくるなと。今回はわざと保険証が無いって言って偽名で押し通したってわけ?」
「そういうこと。推測に過ぎないがな。しかしおれは『渋谷一也』が偽名である可能性はかぎりなく高いと思うね」
ナルはただ笑っているだけだった。
否定も肯定もしない……ただ笑っているだけ。
「あ!あれじゃないの?ほらいつかの事件で『鳴海』って名乗ったじゃん」
「ああ……美山邸の!」
「そう!あれが本名で略して『ナル』!」
「それで『呼び捨てにした』っていうか?」
「あー……そっか……」
それでは呼び捨てにしたなんて言わないか。
「と、いうわけでせめて『渋谷一也』というのが偽名か本名か。それだけでも教えてもらえんかね」
「答える義務を感じない」
「ああ、そう。じゃ、次行こう」
「えっ!?」
「まだ何かあるの!?」
「あるかって?もちろんあるさ」