第9章 忘れられた子どもたち
「時間の無駄だな」
ナルはこれ以上話すつもりがないのだろう。
立ち上がってから扉の方へと向かおうとしたが、それを遮るように扉の前には安原さんとジョンが立っていた。
「時には無駄も必要ですよ、人生には」
「──腕ずくで通ることも出来ますよ」
チラリとナルはリンさんを見る。
そんなに話したくないのかと驚いていれば、安原さんはニヤリと笑みを浮かべた。
「怪我が悪化したら困るなあ。それでもって救急車を呼んでぼくが『リンさんに暴力を振るわれた』なんて口走ったら、警察まで来ちゃいますよね。渋谷さんも調書を取られて隠していたことがモロバレになる可能性がありますけど……どうです。ここはひとつ穏便にいきませんか?」
ニッコリと微笑む安原さんと無表情のナル。
ハラハラとしていれば、ナルは溜息を吐き出してから扉に背を預けてこちらを振り向く。
「──五分間」
「そんなセコイことを。三十分ほしいね」
「十五分」
「おっけー、十五分な」
何がなにやら。
あたしと麻衣は顔を見合せてから首を傾げ、取り敢えずその場に座った。
「……ち、ちょっと。なにがなんだか分かんないんだけど」
「不透明を透明にするんだろう?そういうわけでサクサクいかせてもらおーか」
安原さんとジョンを見て、ぼーさんへと視線を向ける。
何やら三人揃って何かを企んでいるような気がした。
(なんだあ……?)
取り敢えず話を聞けばいいのだろうか。
そうと思って大人しくしていることにした。
「さて。おれがまず最初に疑問に思ったのは名前のことなんだ」
「名前?」
「ナルの?」
「『渋谷にオフィスをかまえる所長が渋谷』。出来すぎだと思わないか?」
ふむ……と考える。
渋谷にオフィスをかまえる所長が渋谷……最初、あたしはそれはたんなる偶然なのではと思っていたが、それがなんだろうと首を傾げた。
「偶然じゃないの?」
「まあな。可能性は三つ。一、たんなる偶然。二、名前に引っ掛けてシャレで事務所を渋谷にした。三、偽名」
「偽名!?」
「そ。これがおれや少年ならシャレってこともあるだろう。しかし残念ながらナル坊じゃ有り得んわな」
確かに、ナルがシャレで渋谷を事務所にしようとは思わないだろう。
有り得ないようなことだ。