第7章 血ぬられた迷宮
「最初の建築は明治十年ごろと聞いております」
「明治十年というと……」
「一八七七年ですね。ただその増改築を繰り返しまして、当時の建物はほとんど残っていないという話です。先々代はここを建てられた当時から頻繁に……先代に至っては毎年のようにどこかしら手を入れてらっしゃったそうです」
不思議な話である。
増改築を繰り返し、先代は遺言で『朽ちるに任せておけ』と言うなんて。
この屋敷は一体なんだろうと不安になる。
「……毎年のように?なのにここには住まなかったんですか?」
「そのように伺っております」
「──先々代はどういった方だったのですか?」
「美山鉦幸様とおっしゃいまして、この諏訪一帯に広く土地をお持ちでした。のちに製糸工場をお建てになり、慈善事業にも手をつくされまして、孤児院や慈善病院を設立なさったそうです。もっもと明治四十年……一九〇七年の恐慌で事業の大部分を手放され、病院なども閉鎖をやむなくされたそうですが。結局その三年後にお亡くなりになったそうです」
「鉦幸氏はここにお住いだったんですか?」
「さようで」
「大橋さんご自身はここで何かを見た、というようなことは」
「準備の為に一週間ほどおりますがございません。他の者からもそのような話は……」
「行方不明者と一緒だった人達に話を伺えませんか?」
「申し訳ありません。できるだけ内密にとのことですので」
よっぽど内密でことを済ませたいのだろう。
それもそうか……とあたしはナルが見せてきた新聞の記事の写真を思い出す。
元内閣総理大臣の妻の祖父が建てた家で行方不明者。
そんな事が知られたら大騒ぎだろう。
「……では、最後に怪談の原因についてお心当たりは?」
「さあ……わたくしにはわかりかねます」
「そうですか。……ああ、この家の平面図は手に入らないでしょうか?」
「生憎と、そのようなものは無いと伺っております」
「──……ありがとうございました」
大橋さんは礼儀正しく挨拶をしてから、ベースを出ていく。
そしてベースにいるあたし達は先程の話で、少しだけ強ばった表情をしていた。
「……はーっ。なんか『いかにも幽霊屋敷』ってカンジじゃない?」
「だよな。古い洋館に曰くありげな由緒……と、ナルちゃん。どうした?」